大阪高等裁判所 昭和27年(う)1775号 判決
しかし証人山本秀信の証言(第一、二回共)の証拠価値を否定し得ないことは前述の通りであつて、該証言によれば被告人渋川安男関係の傷害、強要の事実は極めて明白である。そして公安の維持に当る警察が組合の情報に限らず社会の情勢を知るため出入自由な場所において情報を蒐集することは違法差支えあるものではなく、その責務に属するから、本件において組合情報を得ようと隣家お好み焼店内に入つた山本秀信に対し、被告人等が実力に訴え判示のように傷害を加え詫び状を強要した行為の正当性を容認し得ないことは、原判決がその末尾において説明している通りであつて、刑法第三五条による違法性阻却を主張する所論は当らない。最後に所論の諸点を考慮し、記録にあらわれた各般の事情を斟酌しても原審の科刑は不当に重いとは考えられない。論旨は理由がない。
(控訴趣意)
(前略)
第三 渋川安男関係
一 渋川の行為は刑法第三五条により違法性なく無罪である。
渋川を有罪にした原判決は事実を誤認したもの或は、及び、法令の解釈を誤つたものであるから取消さるべきである。渋川が事務所に在り、居合せた他の労組員が山本に対し詫証文を書かせたことに同調したことは、渋川の供述する通りである。山本に対する傷害強要の点は唯一の証拠たる山本の供述に信を措けぬこと、既述の通りである以上(判例の共謀理論を以て直接下手せざる渋川に罪責を認めれば格別)これを否定する他はない。
而して、これが判示理由中一、二に記載せる通りの事実であるとしても、当時の具体的事情を省察すれば、刑法第三十五条により違法性が阻却される。山本の具体的仕事が組合等団体の動向、内部情勢を蒐集探知するいはゞスパイ行動を内容とするものであることは、山本自ら法廷で述べることで明らかである(山本第一回供述、弁護人反対訊問部分参照)。これは警察法に違反し、憲法上、結社の自由、団結の自由を犯す行為である。固より警察が各種団体の一般情勢、一般動向を蒐集することは必ずしも不当ではないであろう。しかし、それは飽くまで尋常の手段方法を以てする一般的情勢に限られる。或る特定団体の特定期に於ける具体的行動、内部情勢を(特定の犯罪容疑の搜査のためと言うにあらずして)監視し、何等かの違法事実を発見する意図を以て而もひそかに尾行、のぞき見したり意思強制する等の非常手段を以て探知蒐集することは許されない犯罪行為である。
本件に於て山本は何故に弁天浜事務所に至り如何なる行動をとりつゝあつたか、事務所入口の前に立つて立聞していたところを、事務所内の労働者に感付かれるや真青にあはを食つて、広田君子方に逃げこんだものであることは、証人広田君子の供述(一一四丁乃至一一五丁)にホーフツとしている。原判決は山本は「事務所附近に行つた」とか、「広田君子のお好焼屋前に行き中に入つた」とか記載するが、これは事実をゴマかすものではないか。被告人等の採つた反撃行為が違法性があるかないかは、相手方たる山本の行為を具体的に追究しないと分らないからである。山本の行為は今日どん底にあえぐ労務者に対する怖るべき魔手である。今日の食に欠き、明日に希望なき者の最後の拠点たる団結を破壊し、ギリギリ一杯の生活擁護の最後まで涸らさんとする惨虐行為である。これに対する反撃が違法性なしと主張するは故なきことでない。殊に公権力を以て、敢てかゝる非法不法の攻撃が加えられる所に事の異常性と反撃行為の正当性がある公権力の不法は殊に許さるべきでないからである。山本は自己の非行につき自ら謝罪すべきは社会生活上当然であつて、これから詫び状一本をとることは何等義務なきことを強要したものでない。